DAITUBEの魚突きブログ

「魚突き」ときどき「BBOY」でお馴染みのYOUTUBEチャンネル『DAITUBE』です。「三又の土佐銛先」と「2mのアルミ銛」を使用した、いわば「軽装魚突き」での突果にプライドをかけています。

DAITUBEとは?

皆さんこんにちは!

 

 知ってる人も、知らない人も、とりあえずこんにちは!

 

 踊れる海の暴れん坊、DAITUBEです。

 

 今更ですが、僕に興味を持ってくださる方が最近増え始めましたので、今回の記事では僕の自己紹介ってやつをしようと思います。

 

 

 1990年(平成2年)に四国は愛媛にうまれ、今現在は鹿児島に住んでいます。

 

 鹿児島には就職で来ました。ちょっとブラックな「一般家庭への飛び込みの訪問販売」を1年9カ月ほど続けましたが、メンタルがやられて「もう好きなことしかやんねえ!」と思い、退職しました。そのタイミングで美人な彼女(鹿児島に来てからできた彼女)にもフラれました。そう、人生ボロクソじゃねえか!っていう窮地に一度は陥った僕です。

 

 しかし、それにもかかわらず、実家には帰らず、鹿児島に踏みとどまっています。

 

 

――何故?

 

 

 理由は一つ、「海」です。

 

 

DAITUBEとは?

 今、このブログに辿りついて、この記事を読んでくださっている皆様は「YOUTUBE」における「軽装魚突き」という動画で僕を知ってくれた方がほとんどだと思います。そう、一応、今は「DAITUBE」というチャンネル名で「魚突きユーチューバー」をやっています。

 

www.youtube.com

 

 しかしその「軽装魚突き」の「DAITUBE」ですが、もともとは「ダンス動画のチャンネル」でした。というのも、高校時代からブレイクダンスをしており、若き青春時代の全てはBBOYとして過ごしていました。

 

(※ブレイクダンス・・・岡村隆史さんのやっているようなアクロバティックなダンス)

(※BBOY・・・ブレイクダンスをする人)

 

 

 ダンスにおけるDAITUBEは、大技などよりも基本を大事にしたスタイルでした。シンプルな動きでも、キレとかスピード感のある流れってのをテーマに、「ハイチェア」という基礎中の基礎なキメ技を得意としたスタイルでした。

 

(↑ハイチェア)

 

 

(↑鹿児島に来てまもない、一番ダンスがのってた頃の動画)

 

 

 

魚突きのはじまり 

 そんなDAITUBEが「魚突き」に出会ったのは大学に入ってから。

 

 しかし、それは出会ったというにはあまりに「独学・我流」過ぎました。シュノーケリングを覚えたついでに、片手に「竹ヤス」を持ってみたというだけのはじまりです。

 

 それから試行錯誤しながら、自分で研究を重ねたり、ネットで調べたりっていうのを経て、ついには竹ヤスで40cmの「キジハタ」という、瀬戸内海では最高峰の高級魚を突くことができました。

 

 

 ダンスでもそうでしたが、スタジオに通うでもなく「自分で研究する」っていうのが好きな僕でした。なのでマイナーな世界ほど燃える傾向があるのでしょう。今やブレイクダンスはユースオリンピックにもなるほどの地位を確立し、逆に「踊れる特別感」ってのが薄れてきたためか、今の僕の情熱は「ダンス」よりも「魚突き」の方へと完全に傾いてきました。

 

 そう、今の日本では「魚突き」はあまりにマイナー過ぎるスポーツです。

 

 「魚突き=密漁」という世間からの偏見も未だに根強いです。確かに条例によっては密漁になる県もあります。でも、そうでない県でも「密漁」と思われることがままあります。

 

 僕が目指しているのは、それを払拭すること。また、魚突きを禁止している条例自体に対しても「同じ魚を同じだけ獲るのにも、釣りはいいけど突きではダメ」という、世界的に見ても日本だけにあるおかしな矛盾に問いを立てたいとも思っています。

 

 動画配信はその一歩であり、まずは「魚突きの楽しさを理解してもらうこと」ってのをテーマにYOUTUBEをやらさせてもらってます。

 

 

 

 さて、ここまでで、僕の「魚突き」に対する思いというのはだいたい分かっていただけたかと思います。次に皆さんが気になるのは「軽装」ってことかと思います。

 

 

 

軽装魚突きとは? 

 僕の言い始めた「軽装」というのはですね、鹿児島に引っ越してきた段階で僕は移動手段が自転車のみになったんですね。自転車だとウエットスーツやウエイトを運ぶのは厳しいということで、それらを使わず、ラッシュガードのみで潜るというスタイル、つまり「軽装」にならざるをえなくなったのがはじまりです。

 

 そういう装備でやってると「型破りなヤツ」と思われがちなのですが、むしろ逆です。ダンスと同様に、僕は魚突きにおいても誰よりも基本に忠実なスタイルでありたいと思い、取り組んでいるつもりです。

 

 

 山形大学に「アクアライフ」さんという、日本初の大学公認の魚突きサークルがあります。そのアクアライフさんの使用している銛で「アクアヤス」というものがあります。

 

 今や日本の魚突きでは「チョッキ銛」という優れた手銛が主流となっています。主にそういった銛は軽くて速いカーボン製であったり、長さも3~5mというような長銛で素晴らしい射程を誇っていたり、なにより銛先が獲物に刺さったあと糸でつながり、抜けにくい仕様になっています。

 

 ですが、「アクアヤス」というのは210cm以下という規定のある短い手銛(ヤス)で、銛先も三又ないし二又の抜けやすい構造になっています。大学在学中には、あえてそのヤスのみを使うのがアクアライフさんです。

 

 何故、あえてそんなヤスを使うのか。以下にアクアライフさんのHPから、その理由に関する引用文を貼り付けさせていただきたいと思います。

 

『AQUA-LIFEは大学公認という目標を達成するため、名目上の目的(各地魚類ファウナの調査)を定めているが、その本質は魚突きにある。しかしながらわれわれは数多く魚捕って売る漁師ではないし、できるならこの魚の豊富な海を後世にも残したいと考える。すなわち、"捕りすぎてはいけない"という観点から、まずは使用するヤスを規定したのであった。われわれがヤスを使う理由、それは水中を自由に泳ぎ回る魚に対して勝負しえる"最低限の武器"と捉え、魚に対してできるだけフェアに戦うという思考が出来上がった。すなわち、えら呼吸に対するハンディとしてのヤスである』

 

 以上の文章からも、めちゃくちゃストイックな集団であるというのが分かると思います。

 

 DAITUBEが影響を受けたのは、まずこのストイックで誇り高い精神に惹かれたことです。純粋にカッコイイと思いました。道具でなく、技術で魚を獲るのですから、競技としての面白さも大きくなります。

 

(ちなみにアクアライフさんのサークル内では、バケモノのような魚をその性能に劣る「アクアヤス」で獲ってきた歴代の記録が残されています)

 

 次に感銘を受けたのが「大学公認という目標を達成するため」という点です。DAITUBEも「世間から魚突きの市民権を得たい」と考えているため、その「乱獲」をしないという姿勢は必須条件であると気付かされました。

 

 

 そのため、竹ヤスの次に僕が手にしたのが「アクアヤス」だったわけです。

 

 ですが、魚突き仲間が非常に増えた(というか初めて突き仲間ができた)去年においては、周りは皆、チョッキ銛でした。僕の技術もまだまだなうえにお粗末な装備です。一人、取り残されたような突果ばかりで、悔しい思いをたくさんしてきました。

 

「チョッキ銛を使えばいいよ」

 

「チョッキ銛なら獲れてるよ」

 

 投げかけられる、そういった悔しい言葉に歯を食いしばり、それでもアクアヤスにこだわり続けました。するとどうしたことでしょうか、アクアヤスの利点に気付かされました。それは――。

 

 

――いやでも技術が身につく。むしろ、身につかざるを得ない。

 

 アクアヤスはまず、短いので銛を届かせるために魚に近づかなければなりません。初速もカーボン製の銛に比べて遅く、避けられないためにもさらに近づかなければなりません。そして貫通もしづらいために、やはりそういう意味でももっと近づかなければなりません。銛先も抜けやすいので、身切れしない良い箇所を狙わねばなりませんし、突いたあとは直接自分の手で魚を押さえなければなりません。

 

 つまり、アクアヤスで魚を獲るということは、そういう技術、基礎、基本を体得するということなのです。

 

 はじめは全然ダメでしたが、努力を続けることによってマシな獲物も獲れるようになり、ついには僕の知名度をアホみたいに上げることとなったあの獲物、カンパチを獲るに至りました。

 

 

 

 鹿児島でチョッキ銛を使用している仲間内でも、このサイズはまだ突いてない人がほとんど。(他のチームにはいるけど)また、「アクアヤスで」突いたのは鹿児島では僕だけのようです。たぶん。

 

 ただし、アクアライフさんの歴代記録ではもっとデカい「ブリ」「ヒラマサ」「ヒレナガカンパチ」を突いた記録が残っています。僕は単に「動画に残せた」ということで、ちょっと有名になれたに過ぎないのです。

 

 そしてダイツベの獲った大物というのはこのカンパチぐらいなものですが、これ以降から獲物のサイズはともかくヘッドショット率が格段に上がって来まして、「魚突き通」にはそこを評価していただけるようにもなりました。

 

 

 

 そして個人的にカンパチ以上に嬉しかった獲物「スジアラ」。

 

 

 「超」がつくほどの高級魚であり、近づくのが難しいとされるこの魚種。

 

 サイズはもちろんアクアライフさんの歴代記録の足元にも及びませんでしたが、動画に残せたという価値があり、魚突き通からの反響は大きかったです。特に、魚突き用品で有名なネイビーカンパニーさんから「次に20kgのクエを突いたら、スポンサーになってやる」というムチャな冗談を言ってもらえたりなんかもしました(笑)

 

 スポンサーとかはないとしても、魚突き業界の著名人に名前を知ってもらえるようになったのは大変光栄なことで、嬉しい限りです。本当に。

 

 

 

つまりそんな感じ

 という訳で、まあそんな感じで、今すっごい楽しくやってます。

 

 ブラック企業をやめて、自分の好きなことにだけ情熱を捧げるようになって、こういった人たちとの出会いにも恵まれたという訳です。人生って自由に生きれば、本当に自由に生きられますよ。

 

 

 先日はひょんないきさつから、変態ブロガーの「カルロスさん」とも縁が出来ました。

 

 

 僕の夢である「キャンピングカーで日本を魚突きしながら回る」という話をしましたところ、「チカラになれるよ」とのこと。キャンピングカーだと高いけど、軽トラに載せて運べる「モバイルハウス」ならつくってくださるということでした。

 

 どういう仕組みかというと、カルロスさんがワークショップという形で全国からそういうのを作りたい人を集め、人件費ゼロで材料費だけ、もしくは材料費すら必要とせずに「僕の夢の移動するおうち」を作られるといってくださるのです。

 

 この計画がもし本当に成功し、僕の旅がスタートすることとなったあかつきには、全国の突き師さんたちに会いたいですね。そして、いろんな話を聞いて、魚突きのこれからについて考えを深めていきたいところです。

 

 

 という訳で、DAITUBEについての「これまで」と「これから」についてお話させていただきました(''◇'')ゞ今後とも、等チャンネルをよろしくお願い致します。